さあ、いよいよ今回からは「『因』を変えるにはどうすればいいか?」ということについてお話していきましょう。

 

そのためには前回お話しました

 

 

「因」「縁」によって「果」を結び、「潜在意識」に記録され、それが「因」として次の「縁」と結ばれるのを待つ

 

 

という仕組みをもう一度思い出してください。

 

この仕組はほんとうに植物の成長サイクルにそっくりです。



実(=「果」)を結んでその実から種(=「因」)が土に落ち、また芽が出て実(=「果」)になっていくという・・・。

 

ここのところ取り上げています怒り💢を再び例に取り上げますと、ここに「怒りっぽい💢💢性格」の人がいたとします。

 

この人は「怒りっぽい」という種(=「因」)を持っているわけですね。

 

それが「縁」・・・その人が怒り💢たくなるようなことに触れて、その人の怒りが爆発し💢、暴言や暴力とまでは行かなくとも怒り💢の想いといった反応(=「果」)を引き起こします。

 

そしてその「果」潜在意識に記録され、再び怒りの想念💢やそこから発生する暴力などの行為(=「果」)を生む「縁」が来るまで待つとこういうわけです。

 

これでこのままではこの人は「怒りっぽい」という性格から抜け出せない😭ということがおわかりいただけると思います。

 

またこれまで怒ったことのない人でも、怒る💢という「因」を持っていればある「縁」が引き金になって怒りの想いである「果」が生まれます。

 

ある有名なお坊さんは弟子入りをしようとした弟子に対して

 

 

「私の言うことならなんでもするか?」

 

 

と言いました。

 

弟子入りを願うその人は

 

 

「もちろんです」

 

 

と言いました。

 

そうしましたら、そのお坊さんは

 

 

「それでは人を◯○人殺して来い」

 

 

と言いました。

 

弟子入り志願のその人は

 

 

「和尚、それだけは勘弁してください」

 

 

と言いました。

 

それに対して和尚は

 

 

「お前は自分が善人だからそういうことは出来ないと思っているんだろう? 

 

でもな、人は誰でも『縁』があればそういうことをするものだぞ。

 

お前さんは善人だからではなく、運良く、たまたまそういう『縁」に会わないからそういうことをせずに済んでいるんだよ」

 

と語ったという話があります。

 

ですから、怒るという行為を長年してないからといって「怒る💢『因』」がないとは言い切れません。

 

今までのお話から自分の中に種・・・「因」のことですね・・・があれば嫌でもいつかそれは出てきてしまうということです。

 

できれば出てきてほしくはないですけどね・・・。

 

「果」・・・今取り上げている例では怒りの想い💢やそれが行動に表された暴言/暴力などのことです・・・がコントロール出来ないとすればどうすればこのめぐりめぐる循環から抜け出せるのでしょうか?

 

そこから抜け出すには

 

 

「果」が現れた時の対処法を知ること



です。

 

それでは「果」が出てきたことを認識したら、どうすればよいのでしょうか?

 

運命の分かれ道はココですから、気をつけなければなりません。

 

そこのところにつきましては次回お話します。

 

 

<続く>