<プロゴルファー向け> メンタルを養う法話(38)

ゴルフに関係なさそうな話で知らないうちにメンタル強くなる新しい時代のメンタル強化法

 

『技』だけを磨いてもあなたの実力はフルに発揮されません。こちらの法話をお読みいただいて『心』もバランス良く磨いて実力をフルに発揮しましょう!!

 

※ はじめてお読みいただく方はまず『<プロゴルファー向け> メンタルを養う法話(プロローグ)』の記事からお読みいただくのが効果的です。上の記事名をクリックください。

 

 

🍀 難しい人はあなたにとって・・・(2)

 

前回の法話では私たちの人生ドラマで欠かすことのできない役柄の「怨みを持っている相手」「憎らしい相手」「嫌いな相手」をお題として取り上げました。そして、その人たちが私たちにとってどういう「意味合いを持ち」、「どうして私たちの目の前に登場するのか?」ということを私なりの視点でお話ししました。

 

もう一度、おさらいをしますと私が理解している「そうした招かざる😁方たち」の存在意義というのは①「自分が一番見たくない自分の内面が映し出された存在」そして②「『師匠』や『滝』としての存在」ということでした。

 

それぞれについてお話ししましょう。

 

まず①「自分が一番見たくない自分の内面が映し出された存在」ということについて。これは精神世界の学びを進めて行かないと全く受け入れることができない観点だと思います。あなたが「気に入らない」からその人に会いたくないわけですからね。その会いたくない人の「まさに嫌な『その一点』」が「あなたの中にあるんですよ」と言われましたら、これはふつう到底受け入れることができません。

 

受け入れられない間は受け入れないのが自然です。精神世界を探訪される方にはこういうことを知ると「真理なんだから、そう思わなければ」と無理に真理に沿おうとする方もいらっしゃいますが、あなたの中が整いませんと今まで嫌いだったけれど健康に良い食品だとわかったので無理やり食べる食品と同じで「戻して」しまったり、「具合が悪く」なったりしてしまいます。

 

今は信じられないかもしれませんが、日々の生活の中でちびちび神世界の森を歩(あゆ)んで行かれるにつれてごく自然に「ああ、そうなんだな」と受け入れられるようになってきますから大丈夫です。

 

今回のテーマでは「『怨憎会苦(おんぞうえく)な人たち」という一部分に焦点を当てていますが、この世は「会いたくない人」に限らず、真実としましては「あなたが見ているこの世界はすべて『あなたの心』が映し出しているものなのです。

 

静かにあなたに「『怨憎会苦(おんぞうえく)」という苦しみを与える人を観察すること(← これが出来たら精神修養が進んでいる証拠です!)が出来れば、そっくりそのままではないかもしれませんが、「あなたがあなた自身の好かないところ」をその人の中に発見できるでしょう。そしてそれが発見できてあなたが自分の中にある「そのところ」を逃げずに直視して認めることができれば「『怨憎会苦(おんぞうえく)」をもたらしていた人が激変😱するか、もしくはその「いなくなって欲しい人」がいろいろな方法を取ってあなたの目の前からいなくなります👋

 

その結果自体が「『怨憎会苦(おんぞうえく)」を与える者があなたにとって①の「自分が一番見たくない自分の内面が映し出された存在」であったということを証明しています。

 

さて、次の存在意義についてお話ししましょう。それは②「『師匠』や『滝』としての存在」ということでした。

 

人は精神修養、すなわちを磨いて真理を知ることができるためには「師」が必要になります。ジャガイモを綺麗にするのでもジャガイモはたわし等でゴシゴシされますし、錆(さび)を落とす際にもゴシゴシしませんと撫(な)でていては錆(さび)は落ちません。を磨く場合にも心地良いことばかりでは磨くことができません。そこで自分の心を磨いてくれる対象が必要になります。

その対象は和尚であったり、滝に打たれる場合は滝であったりするわけです。ここでは和尚を例に挙げましょう。唐の時代の中国に「徳山(とくざん)」という禅の方面のお坊さんがいました。

 

その人の有名な言葉に今の言葉に直せば

 

「言えても30回棒で叩くぞ、言えなくても30回棒で叩くぞ、さあ、言いなさい、言いなさい」

 

という言葉があります。こうあなたが言われたら、どうされますか?(笑)・・・何とも無茶な言い分です。和尚はこう言って実際に棒で人を叩きまくっていたそうです。

 

私は「徳山の30棒」を知ったとき、棒でこそ叩かれませんでしたが、銀行員をしていたときに似たような状況に何回もったことを思い出していしてしまいました😂

 

上司に「『あっち』を提案しても駄目、『こっち』を提案しても駄目」、それでいながら「そうじゃないものを出せ」、「『あっち』を提案したらダメだったから、『こっち』を提案したのになぜ、『あっち』にしないんだ~」・・・ってさっき、「あっちはダメ」って言うから「こっち」にしたんじゃな~い😢 まさに「徳山の30棒」です。

 

私たちは和尚に弟子入りして修行をしているわけではありませんが、知らず知らず、「徳山」のような和尚に弟子入りしているというわけです👍 人間の性(さが)ですね。「難しい人」は皆、私たちの「心の埃(ほこり)」=「心の誇(ほこ)り」を払ってくれるためにてくれるのです。「お前、ワシのこと嫌いだろ? ワシは『お前』の嫌いな『お前』なんじゃ!」と無言で言っていたり、「それはないでしょ」というような無茶ぶりを発揮して、私たちの凝り固まった不自由なを何とか溶かそうとしてくれている存在なのです。

 

そういう善きある『他人』」として存在しているように見えるその人たちも、真実としてはあなた自身が「本来の自己」を知るために「自分で登場させている」のです。「ホコリを付けてからホコリを取る」という自作自演をしているということです😂

 

こうして観てきますと自分にとりまして「アンチ」だった存在が意外にも自分の応援者だったことにお気づきになるかもしれません。

 

なお、お楽しみいただきましたこちらのシリーズですが、今回の法話をもちまして一旦終了とさせていただきます。お読みいただきまして誠に有り難うございました。

 

 

Don’t Worry. Be Happy🍀

 

今回もお読みいただきまして有り難うございました🍀

<2019年9月13日法話>

 

 

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