今、こうしてゴルフのインストラクターをさせていただいております私ですが、2004年までは
 

 

銀行員
 

 

をしておりました。

 

 

自分で言うのも何ですが、銀行員としては恵まれた部類の銀行員生活をさせていただいていたと思います。

 

新人として見知らぬ岡山に赴任したところから私の銀行員生活が始まりました。

 

岡山での生活を終えて以来、「田舎がなかった」私にとって岡山は「第2の故郷」と思っています。
 

 

😩苦楽😄が凝縮された日々
 

 

でした。
 

個人営業、財形信託の営業の後、ちょっとした??ドタバタ劇の後、千葉の津田沼で主にアパートローンの営業を担当し、その後本店外国営業部というところで外国為替のカスタマーディーラーになり、毎日ディーリングルームで柄にもない(と本人は思っている)「大きな声を張り上げて」市場からプライスを取り、金利計算などを加えまして法人のお客様に為替のプライスを提示したり、為替相場の予測をご説明していました。

 

為替相場の予測が軌道に乗り、お客様や社内から頼られるようになるにつれて
 

 

「よし! 為替予測の道で生きていこう」
 

と意志が定まってきました。

 

その矢先、
 

 

「違う分野の仕事でニューヨークに行きなさい」
 

 

と内示をいただきました。

 

内示をいただいても

 

 

「ウ〜ン、何だよ〜〜・・・。上手くゆかないものだな〜。今まで目標なく浮草のように漂って毎日をただやり過ごしてきた私が、初めて『ヨシ!! やろう!!』と気持ちが入ったディーラー職だったのに・・・」

 

 

という心持ちでした。

 

ですが・・・、当地へ行ってみますと、さすがにニューヨーク生活は魅力的✨で、また新しい仕事の証券管理業務の仕事も性に合っていたのですが・・・命の奥底から
 

 

「なんかちょっと違うんだよね〜」
 

 

という現実を肯定して生きようとする私に聞きたくない「本音」をぶつけてくる「もう一人の私」がいました。

 

外面的には「理想的な生活」、「なんて恵まれた人」という状況の水面下ではこのような激闘が繰り広げられていたのです。

 

その頃、親友がニューヨークに金・土・日の3日という強行スケジュールで遊びに来てくれました。

 

深夜まで我が家で語り合っていた時、
 

 

「俺、銀行員じゃない気がするんだよね。やっぱり、ゴルフじゃないかと思うんだ」
 

 

ということをその彼に言ったことを昨日のように覚えています。

 

「銀行から足を洗いたい気持ち」「ゴルフを教える仕事で飯を食いたい気持ち」

 

で心の中は充満していました。

 

 

とは言え・・・目の前の現実があります。

 

妻子がいますし、年齢も年齢ですから安定したサラリーがあります。

 

そのサラリーを捨てて妻子を泣かせる💧ことは私には出来ませんでした。

(・・・とは言え、その数年後に結局泣かせることになってしまうのですが・・・😓)

 

また、「ゴルフインストラクターになる道もわからない」という悶々とした時期が続きました。

 

世の中が21世紀になろうとしていた頃のことです。

 

念願だったゴルフインストラクターの道に入る10年ほど前のことです。
 

 

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それでも、人生というのは面白いものですね。

 

気がついたら、
 

ゴルフインストラクターになっていた!
 

のです。

 

 

努力はまあ、職に応募し、面接会場に行ったということくらいでしょうか?

 

では、ゴルフインストラクターへの道はどのように展開されていったのでしょうか?

 

銀行員を続けていた私は仕事で「精神的板挟み」の状況を抱えまして、2003年暮れにうつ病を発症します。

 

そして、回復しつつある頃から、うつ病の治療のためにもなるだろうと妻と主婦業を交代し、主夫になったのです。

 

そして、何年かしましてうつ病が回復してきまして、時間的余裕と精神的余裕が出てきましたので、主婦の皆さんがパートに出る感覚で職を探していたところ、
 

 

「ゴルフインストラクター募集」
 

 

という求人広告が目に止まりました。

 

「俺なんかが採用されるわけはない」けど、
 

 

「夢だったんだから、ダメモトで受けてみよう」
 

 

と思って受けてみたら、意外にも
 

 

受かってしまった🈴
 

 

のです。

 

採用担当の方に

 

「どうして私なんかが受かったんですか?」

 

とお伺いしたところ、
 

 

「この商売は接客商売ですから」
 

 

と予想外の答えが返ってきました。

 

「へ〜、てっきり技術やノウハウかと思っていたけれど、その前に接客が来るんだぁ〜👀」

 

と思いました。

 

その採用担当者は私のゴルフインストラクターという夢を開いてくださった恩人です。

 

その恩人が転勤されてしまって、ほどなく、私はその会社でのアルバイトを辞めまして、しばらくして現在の(株)DEPARTURE GOLFに就職し、ゼクシス千葉ゴルフスクールを受け持つことになったのです。

 

弊社代表の長谷川は新米の私にゼクシス千葉ゴルフスクールを全面的に任せてくださいました。
 

 

「10年生が1年生にすべて好きな様にやっていいですよ」
 

 

というようなものだったのですから、なかなか出来ないことだと思います。

 

私に全面的に委ねてくださった長谷川代表も恩人の一人です。

 

その結果、私の味を全面的に出したゴルフスクールを作ることが出来まして、また、お陰様でスクールも順調に育つことが出来ました。

 

思いもかけずに夢が「このようにして叶った」という私のケースをお話させていただきました。
 

 

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それではまた一緒にゴルフを楽しみましょう👋