「多くを知ることが大事なのではない。

 

   

   一つを大切に深く覚えて、

 

 

その道を真面目に修行することが肝要」

 

 

               釈迦

 

 

 

<須崎の“はばかりながら”解説>

 

私は若い頃、「早くゴルフが上手になりたくて💦」、発刊されるゴルフ専門週刊誌、月刊誌は全て買い、放映されるすべてのゴルフ番組をビデオ・・・古いですね😓・・・に録画していました。

 

「情報をたくさん仕入れれば仕入れるほど、早くボールの打ち方がわかって上手になるだろう」と思ったからです。

 

35年ほど前の1980年の初めの頃のことです。

 

ビデオデッキはスロー再生とスロー再生したままでの巻き戻しを繰り返すので短期間のうちに3台も壊してしまいまして💦、母から「秀明、もういい加減にやめて💢」と言われてしまう始末でした。

 

そんな「ゴルフの虜」になっていたのが12〜3年ほど。

 

その間、正直申し上げまして吸収した知識が全くゴルフに反映していませんでした😅

 

スウィングは納得行かないし、スコアも伸びない。

 

過去の投稿↓『下手だった須崎のパッティング』

 

 

『下手だったパッティング』

 

 

でもお話ししましたようにパッティングも下手という有様でした。

 

ゴルフをやめなかったのが不思議??なくらい「上手じゃなかった」ですね😨

 

 

今回、ご紹介しましたお釈迦様の言葉はまさにその昔の私のような取り組み方をしてしまう人びとに意味があると思います。

 

「多くを知ることが、その道の上達につながる」というのは

 

山の頂上を目指すのに

 

「Aというルートで山頂を目指していた」のにBルートにもCルートにも足を運んでしまうことだと思います。

 

そんなことをしていては山麓を「横に」巡る🌀だけで、「上🔼に」はなかなか進まないことがおわかりいただけると思います。

 

それぞれの教えは「頂上🗻」へ続いているので、その道を信じて一歩一歩進んでいけば良いということではないでしょうか。

 

まあ、その事自体が多くの人にとって難しいことであって修行なのかもしれませんが・・・😉

 

 

今回はお釈迦様から「美味しいお言葉」をいただきました。

 

お釈迦様、ごちそうさまでした!

 

ps. 私のスクールにも掲示されていますよ。

 

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今回もお読みいただきまして有難うございました😃

また一緒に楽しみましょう!!